Paragraph2 by aozora
青々とした空のしたで、緑の田畑は遠い山の麓まで広がっている。田舎というところにあまりふさわしくない、広くて平らかなアスファルトはその緑を横切った。アスファルトの上をバスが一台走っている。
頬づえついて、わたしはぼんやりと車窓の外の風景を眺めている。道すがら農作物が勢いよく生長しているのが目に入てきて、遠くの山々がなだらかな曲線を描いているのもけっこうきれいに見える。しかし、バスはもう一時間も走ったにもかかわらず、外の風景はまったく同じということは、なんとなくわたしを微妙な気分にさせた。それでも、飽きることなくずっと眺めていた。
そのまま、アスファルトの上での旅は一時間半続くと、バスは山を登りはじめた。山に入ったとたん、平らかなアスファルトがパッと切れて、デコボコとした山道となった。そしてバスが揺れ始めて、そのリズムに合わせてわたしも揺れ始めた。それこそ田舎だ、と妙に納得した。そんな自分がばかばかしくて、ついつい笑った。
外を眺めながら、バーネスの目にこの風景はどう映っていたのだろうか、と不意に考えた。
バーネスとは、隣の部屋に住んでいるクマのことだ。クマ族の人と言っても、別に彼は体が大きくてたくましいわけではない。背もあまり高くないし、どちらかというと、太っているほうだ。しかも、のろいし、にぶいし、ちょっとバカなところもあるし。わたしとは性格が正反対なのに、なぜ仲良くなったのか、今でも不思議に思う。
バーネスと出会った時のことは今でもはっきり覚えている。
二年前、ちょっと事情があって、わたしは都会から郊外の小さな町へと引っ越した。古いが、こぎれいなアパートを見つけて、一人暮らしをはじめようとしていた。へとへとになるまで部屋の掃除をして、荷物を片付いて、ようやく部屋の整理が終わった時、ブザーが鳴った。ドアを開けたら、きちんと服を着たクマがそこに立っていた。
「こんばんは」と彼はニコニコしてあいさつをした。
「・・・・・・」
半獣だ!しかも人間の言葉をしゃべっている!
郊外へ行くほど半獣とかが多く住んでいると聞いているが、やはり想像したのとだいぶ違うので、びっくりした。今思えば、その時はきっと目を丸くして口をぽかんと開けたようなとんだアホ面だったに違いない。
「お引っ越しおめでとう。バーネスといいます。隣に住んでます。どうぞよろし・・・いたたっ」
気づいたら、わたしの手は彼の耳をつかんでいる。しかもけっこう力を入れて。
「あのう、耳を放してくれないかな。痛いです。」と、涙ぐんだ目でわたしを見るバーネスは、半獣だけど、なんだかかわいかった。
「あ、ごめん。半獣ははじめて見たんだからつい・・・その耳、本物?」
「ええ、本物です。しっぽもあります。」
「ホント?見せて見せて」と考えずに言い出したが、クマの顔は真っ赤になった。
「ぱ、パンツの中におさめてるんで…」とボソボソと答えた。
パッとわたしは笑い出した。涙が出るくらい大笑いした。そんなに声を出して笑ったのは久しぶりだと感じた。
「ごめん。バーネスさんってかわいいですね。」
「かわいいって、僕…」
「悪い意味じゃないんですよ。あっ、どうぞお入りください。」
「では、お邪魔します。」
そんなに無防備に人を部屋に入れるなんて、昔なら絶対しないのにって思ったら、少しうれしくなった。バーネスの前で素直になれる気がした。
「わたし、リリスと呼ぶんです。よろしくね。」
「あの…夕食はまだかと思って、お弁当持ってきたんですけど、よかったら一緒に…」
彼は手作りのお弁当を出してくれて、そのお弁当の豪華さにまた驚いた。そして、おいしかった。
それ以来、わたしはバーネスとすっかり仲良くなった。性格がまったく違う二人だが、馬が合う。いや、わたしのほうがバーネスの暖かさと温厚さにすがっているかもしれない。半獣だが、わたしにとってかけがえのない存在だ。
しかし、バーネスは失踪した。
最後にバーネスの姿を見たのは15日前のことだった。その日の昼、いつものようにバーネスの部屋で一緒にお昼を食べた。
「ごちそうさま。あいかわらず料理うまいんだね、バーネスは。」
「リリスと一緒に食べたからじゃないのかな。僕一人じゃ、うまくもなにもあまり感じないけどね。」
「料理だけでなく、口もうまくなってるわね、バーネス。」
「えへへ、そうかな。」
頭をかきながら、少し顔を赤くして、バーネスは言った。
やはりバーネスはかわいいと思った。いつまでも眺めていたい気持ちになった。
「あ、そうだ。久しぶりに実家に帰ろうと思ってさ、お土産は何がいいの。」
「え、実家?いつ行くの。」
「今日の午後バスで帰る。四五日で戻るから。」
「そうか。さみしくなるわね。」
「まあ、着いたら電話するから。で、お土産はクマまんでいいの。」
「なに、それ?」
「食べ物だよ。クマの形をした饅頭。実家でしか手に入れないんだよ。」
「じゃ、それにしよう。」
午後の2時にバーネスは出発した。しかし、電話はかかってこなかった。一週間経っても彼は戻ってこなかった。
そして13日が経った。もしや病気にでもなったかと心配しはじめた。大家さんからバーネスの実家の電話番号を教えてもらって、電話をかけてみた。
電話に出たのはおばあさんだった。バーネスの実家の人だから、たぶんクマ族だろうと思ったけれど、とてもクマ族には思えない細い話し声だった。だが、バーネスの名を口に出した瞬間、受話器の向こうから、相手の動揺が伝わってきた。
「バーネス?バーネスがこっちに帰ってくるって!?」
「ええ、本人がそう言ったんですけど、帰っていないんですか。」
沈黙は30秒ぐらい続いて、そして、おばあさんは言った。
「あんただれ?」
急に怖くなってあわてて電話を切った。状況はよく分からないが、おばあさんの反応から見ると、バーネスは実家に帰っていなかったことは明らかだ。いや、帰れなかったのだ。きっと何かの事件に巻き込まれて、帰れなくなったに違いない。つまり、失踪したのだ。
その時になってはじめて気づいたのだが、わたしはバーネスのことをよく知らない。彼の名前と半獣であること以外、何も知らないのだ。警察に行って捜索願を出しても、身代金を要求されたわけでもないし、半獣って半分ケダモノだからいつかどこかに消えてもおかしくないから、ぜんぜん受理してくれなかった。警察のやる気のない態度に苛立って、自分でバーネスを捜しに行こうと決めた。
そして、バーネスは失踪した15日目の今日、わたしはバスに乗って、バーネスの実家に向かっている。バスは依然として単調な運動を続いている。電車に乗っても行けるところなのに、どうしてバーネスはわざわざそんな山道を走る長距離バスに乗る気になったのか。分からない。バーネスのことは本当になにも分からないのだ。そう考えると、わたしは少し悲しい気持ちになった。
山奥のバスストップでまた乗客が二人降りた。バスの中を見回したら、わたしを入れて三人だけになったことに気づいた。運転手さんとウルフ族の乗客とわたしだった。運転手さんは旧型のロボットで、無口な人だった。発車からずっと一言もしゃべらずに黙々とバスを走らせていた。やっぱり旧型だから、発生装置は故障しているのだろうか。ウルフ族の乗客は一番後ろの席を取っている。つまり、バスの真ん中の席を取っているわたしは、振り向かないと彼の顔が見れないということだ。しかし、堂々と人を観察するのはさすがにできなくて、彼が外を眺めている間をねらってチラチラと彼を見た。ウルフ族ははじめて見たというわけではないが、この人は昔会ったウルフ族の人とはどこか違う気がした。ウルフ族の人というと、だいたい軍人か傭兵で、目つきが悪くて、怖い顔をしていて、いつも張り切っているように見える。しかし、彼は違う。完全にルーズな状態でいる。
わたしの視線に気づいたようで、彼は笑みを浮かべてわたしに顔を向かった。背中がぞっとした。こわい。この人はやばいと頭の中に警報が鳴っている。どうかどうかわたしに話をかけてこないようにと、こぶしを握り締めて、必死に願った。
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